45歳で雇われ脱却しました

2024年、45歳で雇われの身より足を洗いました

普段の2ランクぐらい上

 

おはようございます、こんにちは、こんばんは。

 

アーリーリタイアための資金を蓄積するべく、私は普段それなりに支出を抑えた生活をしている・・・ほうだと思ってます。

 

で、そういったスタイルに対し「そんな生活をしていて何が楽しいのか」という声。ネット界隈ではよく目にする文言ですね。

 

無理な節約節制というのは確かに続かないです。ただ、普段から生活のレベルをあまり上げないと言う事は、一般庶民の蓄財という点において大きく効いてくるのではないかと考えます。

 

私は今でこそ10代20代の頃と大して変わらない支出額で普段の生活を過ごしていますが、30代の前半~中頃、仕事にかまけていた頃は、一時的に今から考えると散財と言えるような行動をとったりしたこともありました。

 

具体的にはどういうことかと言いますと・・・

 

例えば旅行。普段は使わない「ANA」や「JAL」といった飛行機を使ってみるとか、いつもは1泊5,000円くらいの宿に泊まるところを1万5千~2万円くらいのところに泊まってみるとか。新幹線でグリーンに乗ってみるとか。

 

例えば小物や衣類。財布や名刺入れを(自分としては)やや値が張る1~3万円くらいのものを購入してみるとか、ワイシャツは普段1枚せいぜい3千円くらいのものしか買いませんが、1枚1万円くらいの物を買って使ってみるとか。

 

例えばクレジットカード。平カードしかもっていなかったんですが、年会費のかかる各種ゴールドカードをゲットし使ってみるとか。

 

例えば車。役職が上がったのに合わせて新車を一括で購入するとか。

 

例えば外食。普段はせいぜい行ったとしても1食あたり1千円未満なのですが、それを2~4千円くらい使ってみるとか。

 

こういったことをやってみたわけです。

 

そういうことをやってみたときに感じたんですよね。「何かがしっくりこない」。何とも不思議な気分でした。私はそれまで「金はかけるだけ良いものが手に入れられ、気分も良くなる」と思い込んでいたのですが。その時に「分不相応」というものを身をもって感じたとでも言いますか。

 

単にお前が貧乏性なんだろ、と言われてしまえばそれまでの話なんですが、例えば1回あたりの食事で普段600円くらいのもので満足していると、3,000円かけたからといってそこまで満足感が上がらないんですよね。外食で3,000円かけるなら良い材料買って家で作って食ったっていいわけで。

 

このケースの場合、外食と家食を一緒にするなよと言われるような気もしますが、私の場合はそこまで「家で料理をすること」に抵抗がない。だったら別に「外で高い金を払って外食する理由もない」んですよね。外食で例を出すにしたって、たとえば普段私が良く行く「かつや」。充分すぎるくらいおいしいんですよ。で、それが別の店で1食1500円のトンカツ定食を食ったとして、おいしいとは思うんでしょうが、「まぁ、かつやでも充分満足かな」みたいな感じになりそうで(実際そうだった)。

 

もちろん、こんな庶民的な金額の話ではなく、もっと上、例えば1泊10万円以上するような宿とか、1食1万円以上するような寿司屋とか、飛行機でいうところのビジネス・ファーストクラスとか、そういった世界があるのは理解しているんですけれど、多分私自身はそういったところを利用しても逆に「あぁ、こんな感じなんだ」で終わってしまうような気がするんです。

 

別に自分で経験しなくても今の時代だとyoutuberとかが「ファーストクラス乗ってみました!」「高級旅館泊まってみました!」的動画をたくさん出してくれていますので、それ見るだけで充分というか。っつうか、ああいった動画を見ると、「ファーストクラス」とか「高級旅館」とかってものすごく「サービスという名の押し付け」感がするんですよね。私はそういうのが苦手なので、逆にその内容を知れただけでもああいった動画は価値があるのですが(※個人の感想でありそのようなサービスを提供する会社・利用する方を非難する意図はありません)。

 

話が逸れてしまいました・・・。

 

ただ、逆に言えばその30代のころの経験があるおかげで「これくらいのお金を掛ければある程度は満足感が得られるだろう」という基準が出来たような気はします。その経験があるからこそ現時点での「支出基準」が明確になったとでもいいますか。

 

ですから、色々なサービスやモノを利用したり選んだりする際に、普段自分が利用したり購入したりしている物の2ランクぐらい上を経験しておくと、「自分の満足感の閾値」がわかるんじゃないかなぁと。ふとこんなことを書きながら思い返してたら、ちょうど1年前にもこんなことを書いていましたね。クリスマスあたりにこういうことを考えてしまうんだろうか? 

 

 

なんだか相変わらずよくわからん文章になってしまいましたが、自分の中のアッパーラインとロウアーラインを知っておくと、蓄財するにあたっても不快にならない勘所が見つかるんじゃないかなー、という話でした。冷静に考えれば上述の「自分基準ではやや値の張る小物や衣類」のところで書いた財布やワイシャツなんて、買ってから10年近く経った今でも現役で使ってますからね。モノに関して言えば「そこそこ良いもの」を買って「長く使う」(逆もまた然り)というのも大事かもしれません。

 

まぁたぶん私は最終的に「貯めたカネに手を付けられず死ぬ」ような気がしていますが、まぁそれも一興でしょう。リタイア後にやりたいことは、おいおいこのブログでも書いていこうかとは思っています。